くじらホスピタルの想い | 医療法人 青峰会 くじらホスピタル

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くじらホスピタルの想い

なぜ、くじらホスピタルを作ったのか?

精神病院ではない入院施設が必要とされている。
なんとかできないか?

医療法人青峰会は、1958年、愛媛県に現理事長の父によって開設された診療所を出発点に、
精神病院「くじら病院」として、地域の精神科医療に取り組んできました。
その後、医療法人を引き継いだ上村は、1980年頃から他院に先駆けて病床を削減し、
患者様の社会復帰を促すなど、患者様の人権を尊重した病院改革を行いました。
さらに「人格障害」や「摂食障害」「うつ」などの患者様には、
自主性を尊重した入院施設が必要と考えます。
そして、全国からアクセスしやすい東京の静かな運河沿いに、
精神科の入院治療を行う一般病院として開設したのが「くじらホスピタル」です。

院長 上村神一郎
院長 上村神一郎

精神科の医療改革に向ける熱意のルーツ

  • くじら病院の前身となる愛媛県八幡浜市の診療所(昭和34年頃)
    くじら病院の前身となる愛媛県八幡浜市の診療所
    (昭和34年頃)
  • 診療所の前で記念撮影。左端が上村(昭和34年頃)
    診療所の前で記念撮影。
    左端が上村(昭和34年頃)

愛媛の「くじら病院」が開設された昭和30年代は、精神疾患の患者様や精神病院に対して偏見が強い時代でした。当時の医療政策により、保護の名の下に患者様に対する管理・拘束が当然のように行われていた時代です。
上村の父も精神病院を経営する精神科医でした。その頃は精神科医とその家族も病院内に住まうことが多く、上村は生まれたときから精神病院内で患者様と共に生活した経歴を持っています。上村にはこんな思い出があります。
「住居は風呂が病院と共同でしたから、夕方、子どもの私は家族とともに敷地内の風呂へ出かけていきます。入院患者の皆さんがいる中を通って風呂へ向かうのですが、子どもの私を皆さんが見ていました。入院されている患者様は皆、家族と離れて入院生活を余儀なくされている方々です。私は子どもでしたが、皆さんが離れている家族のこと、もう二度と一緒に暮らせないかもしれないそれぞれのお子さんや親ごさんのことを思い出されているということが、手に取るように感じられました。そして、その中で私たち家族だけが普通に暮らしている。そのことに対し、いたたまれない思いを抱きました」
そうした患者様への強い共感を抱えて成長し、医学を志した上村は、精神科医になった後、世界各地の精神科医療施設を熱心に見てまわります。
「精神科医療はお国柄によって実にさまざまでした。そして、日本の精神病院では当然とされていた管理・拘束はあまり見かけません。それどころか、スペインでは病院内にバルがあり、患者様は昼間からビールを飲んでいたりと、驚く光景にも出会いました。

有刺鉄線に囲まれていた、当時の病院建物(昭和40年頃)
有刺鉄線に囲まれていた、当時の病院建物(昭和40年頃)

多くの場合、入院治療で回復後は他の病気の患者さんと同じように退院し、普通に社会復帰していきます。長期間入院している方にしても、地域で共生しながら明るく過ごしていました。また、ブラジルには生活施設が整った専用の巨大なコロニー(共同体)がありました。そこには、患者様同士が結婚して生まれた子どものための教育施設まであります。看護師学校もあり、病気の両親を持つ子どもたちが看護師になる勉強をしていました。彼(彼女)らは病気に対する偏見がなく、患者様に対する理解と共感が深いため、とてもよい看護師になるという評判でした。
そこで暮らす方々は、病気を持ちながらも自分の人生を自分のものとして、イキイキと生きているように見えました。私は当時の日本の精神科医療とのあまりの違いに大きなショックを受けました。そして、幼い頃から目にしていた患者様たち、精神病院で隔離されて一生を過ごす患者様たちの顔を思い出し、いつか日本の精神科医療を変えていこうと考えていました」

精神病院ではなく一般病院で精神科の治療をする

その後、時代が変わり精神科医療を取り巻く状況も変化しました。適切な薬物療法が取り入れられるようになり、こころの病気が多様であることも理解されるようになりました。
しかし、現在でも、窓には鉄格子がはまり、外から鍵をかけられる病室など、精神病院(※1)にまつわる暗いイメージはそのままのようです。
それは、精神病院には建物などに厳密な規定があり、それは、場合によっては患者様の安全のために行動を管理したり、身体を拘束したりしなければならないので、そのような設備が決められているからです。
しかし、そうした管理・拘束が必要な患者様は全体の約1~2%です。それ以外の約98%の患者様も、入院を受け入れる他の施設がないという事情のため、管理・拘束のある精神病院に入院することが多く、その状況が長く続いていました。

  • 改造されて現存するが、当時は閉鎖病棟として使われていた建物(昭和50年頃)
    改造されて現存するが、当時は閉鎖病棟として使われていた建物
    (昭和50年頃)
  • 病床数削減を進める上村(平成7年頃)
    病床数削減を進める上村(平成7年頃)
     

上村は自身の経験と日々の診察から、実際に管理・拘束が必要な患者様よりも、人格障害や摂食障害、うつ状態などの患者様のほうが、圧倒的に人数が多いこと、そうした患者様に適した入院施設や治療空間がほとんどないことを痛感していました。逆に不当な管理・拘束によって病気が悪化していく患者様は多く、人権上も大きな問題だと感じていました。

そこで、そうした患者様が生活リズムを整えながら治療に専念でき、社会復帰を目指す治療環境を作ることを思い立ちました。
精神病院とはまったく反対の考え方で、患者様が自分で管理できる鍵付きの個室を設置。患者様の自主性を尊重し、プライバシーに配慮することが、患者様の自律と回復を助け、治療効果を上げると確信していたからです。
それまでの精神科医療の常識を覆す「くじらホスピタル」は、こうした上村の想いをきっかけに、精神科の入院治療を行う一般病院として2006年に誕生しました。

現在では、ストレスケア病棟として、居心地の良い病室を採用する精神病院も、少しずつ見られるようになりました。しかし、それはあくまでも精神病院内に設置されたスペースで、患者様の状態によっては、すぐに鍵のかかった病室へ逆戻りさせ、管理できるようになっています。
くじらホスピタルは、そうした治療する側の都合を一切担保せず、一般病院としての開設に踏み切りました。今まで相応しい治療空間がなかった人格障害や摂食障害などの患者様に、安心して入院できる環境を提供したいという、上村の強い想いがあってこそ実現できたと言えます。

平成21年には創立50周年を迎え、ウェルフェア五反田ビルに本部事務局を設置(平成21年)
平成21年には創立50周年を迎え、ウェルフェア五反田ビルに本部事務局を
設置(平成21年)

くじらグループ(※2)はこれまで、より多くの患者様に対応できることを目指して、精神病院や福祉作業所、その他、回復リハビリ病棟など、多種多様な治療空間、医療施設や福祉施設を手がけてきました。
その中で、くじらホスピタルは、今まで精神病院しか受け入れ先がなかった人格障害や摂食障害、うつ状態などの患者様を一般病院で受け入れ、入院治療で回復を目指すという役割を担っています。

現在、6年目を迎え、くじらホスピタルは、多くの患者様の治療と回復に役立っています。しかし、社会と共に変化する医療にゴールはありません。上村とともにくじらホスピタルはよりよい精神科医療を目指して、努力を続けていきます。